北天龍
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自宅からインターネットへ接続するようになって、早いもので14年目。最初は、知人から借りた98ノート&2400bpsモデムを使っていた。それから間もなく、以前会社で使っていたMacの上位機種を中古で買い、今日まで続く Mac ライフをエンジョイしている。
そんなこともあり、これまでパソコンのセキュリティ対策は、ほとんど何もしていなかった。メールソフトやプロバイダのスパムメール機能を使う程度。良くないこととは分かっていたものの、「Macだから大丈夫」という、妙な安心感があった。(単に、Macはターゲットにされにくいだけ、というのが通説だけど。) それが、とある事情から、家に3台目のノートPC(しかも初のWindows)がやって来たことで、状況が一変、対策せざるを得ない状況になった。
セキュリティ対策ソフトは、お金で済む話なので、ココでは割愛。厄介だったのは、無線LANの設定だった。と言うか、Macであろうが無かろうが、無線LANのセキュリティ対策は必須なのだが、ずっと放ったらかしになっていた。(おいおい、大丈夫か....?)
ネックになっていたのは、3台の中で最も古い、PowerBook G3 (Lombard)だった。1999年モデルなので、今年で10年目を迎えるけれど、マザーボードとHDDを交換修理し、メモリも公称MAXの256MBまで増やしてあるので、今でもバリバリ現役である。これに、メルコ製の無線LANカード(PCMCIA)を差し込み、アップルからは公式サポートされていない、無線LAN環境を実現している。
何がネックだったかと言うと、この無線LANのドライバ。OS9用の日本語版は、メルコ自身もサポートしていないため、英語版のドライバ(Orinoco)を使っている。ネットを検索して、3年ほど前にようやくゲットしたドライバで、先人の皆さんの感想を読む限り、旧バージョンと比べると使い勝手が相当改善されているらしい。しかし、どうやっても、ネットワークパスワードの設定がうまくいかなかった。何桁の英数字を入れろとか、頭に「0x(ゼロエックス)」を付けろとか、色々な情報がネットに転がっていたけれど、素人にも分かるような具体的事例が書かれているページは皆無。結局、ネットワークパスワードを設定せず、いわば無防備の状態で無線LANを使ってきた。
しかし、Windowsマシンの追加で、そうも言っていられなくなった。慌ててネット検索してみたが、月日が経つのは早く、3年前と比べるとヒット数が激減。今どき、OS9を使っているユーザー自体が奇特なのだから、仕方ないのだが。そんな中、以前は見つけられなかった、具体的事例が載ったページを見つけた。何を隠そう、アップルのページだった。
http://support.apple.com/kb/HT1126?viewlocale=ja_JP
もう1つ、参考にしたページはこちら。
http://www.skymerica.com/blog/yotsumoto/arch/2005/08/11/000128.html
これらを見て、ようやく謎が解けた。
・ネットワークパスワードには、WEPとWPAがあること。
・OS9のような古い製品には、WEPで設定すれば良いこと。
・パスワードの設定には、ASCIIと16進数の2種類の方法があること。
・パスワードの文字数は決まっていること。
3年前にうまくいかなかったのは、3つ目と4つ目の意味をきちんと理解できていなかったことが原因だった。具体的には....
AirMacベースステーション(11Mbpsの初期型)は、OSXを使っている PowerBook G4 から設定しているので、まずはこの環境でパスワード設定がうまく機能するかどうか確認した。パスワードは、128bitを使うことにし、まずは数字だけで13文字を入力してみたところ、あっさりとうまく繋がった。
次に、OS9を使っている PowerBook G3 で、Orinoco の Control Panel を開く。"Use Encryption"のチェックボックスをオンにして、key1 に上と同じ13文字のパスワードをそのまま入力してみると.... あれっ、ちゃんと繋がる!!
どうやら、3年前、G3の設定がうまくいかなかったのは、「パスワードの頭に"0x"を入れる」という情報だけを鵜呑みにしていて、16進数と認識させるために必要なものという意識は無かった。更に、その後ろに続けていた文字はASCII形式で、しかも文字数が13文字ではなかった(17文字だった)。つまり、二重の間違いで事足らず、なんと三重に間違っていたのだ。どうりで、"0x"を付けたり外したりしても、それ単発では改善しなかった訳だ。
これでようやく、無線LANセキュリティ対策の「最初の一歩」が、3年越しで実現できた。ベースステーションの電波の強さも、最小に設定した。引っ越し前、他の家の無線LANの電波を2〜3個拾っていたことを考えると、何と恐ろしい状態で使い続けていたのか、と今更ながら怖くなった。これも、3台目のノートPCが Windows だったことが、後押ししてくれたお陰だ。日常的に自宅で Windows XP を使うことは、絶対にあり得ないけれど、たまには役に立つものだな、と思った。
(※)
このページが今後役に立つ人は、もういないでしょうが、文字だけでは分かりにくいと思うので、自分の忘備録として残す意味でも、後日画像付きに修正する予定です。
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学生時代から行きたかった、大曲の花火大会を観てきました。街の人口の約20倍の観光客が訪れるという花火大会は、一体どんなものなのか、とても楽しみでした。
私の感想としては、「綺麗」という言葉が適切でしょうか。規模や迫力という点では、よく比較対象にされる、長岡の花火大会に軍配があがると思いますが、じっくりと観るならば、大曲の方が上かな、と思いました。
事前の下調べで、日付が変わっても大曲の街から出られず、渋滞が深夜まで延々と続く、ということが分かったので、パーク&ライドで行くことにしました。その駐車場所をどこにするかが、最大の問題でしたが、中途半端は良くないと思い、思い切って湯沢市(旧・雄勝町)にしました。候補は次の3箇所。
・道の駅おがち
・JR横堀駅
・JR院内駅
花火大会の公式ウェブページで、大曲周辺の道の駅では大会当日パーク&ライドを実施する、と書いてあったので、当初は道の駅に止めるつもりでした。ただ、あまりにも遠方なので(大曲から50kmほど離れている)、状況次第ではこっそり駐車することになり、他の車の迷惑にならないか心配でした。また、最寄りの横堀駅まで15分ほど歩かなければならないのも難点でした。
そこで、臨時列車の始発駅である院内駅へ行ってみることにしました。結果は、大正解でした。花火大会関係者と思われる係員も立っていました。そして、こちらから尋ねる前に、「花火を見に行くの?」と聞かれました。既に、駅横の空き地?の臨時駐車場は満杯になっていて、私の車は駅前にどーんと止めることになりました。そして、私の後にも、同じように車で乗り付けた花火見物客がいました。事前の不安は杞憂に終わりました。
始発駅ということもあり、臨時列車はガラガラでした。何の問題も無く座ることができ、各駅停車で約1時間、少しだけ眠りました。夜の部の開会にぎりぎり間に合う、最後の臨時列車だったとういこともあり、終点の大曲に到着する時でも、立席の乗客がちらほら、という程度でした。
続きは、また後日。
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仙台にある、141が閉店すると知って、びっくりした。
http://www.141.co.jp/
学生時代の5年間を過ごした仙台。その中でも、アルバイトに明け暮れた4年間は、この141の1Fにある某ファーストフード店で、正社員並みに働いていた。昼食のお惣菜を、地下の食品街へ買い出しに行った時期もあった。個人的に、とても思い入れのあるビルだ。
今回の閉店は、隣に立つ三越からのプレッシャーが要因の1つのようで、地下の食品街はあまり変わらず、ファッション関係のテナントが全て退去する形のようだ。141で服飾品を買ったことは、記憶が正しければ一度も無い。先日、閉店セールが始まっていた店内をざっと回ってみたが、やはり、これといって欲しいものは見あたらなかった。
だから、141が閉店しても、私にとって実害は無い。でも、「141が無くなる」と思うと、やはり寂しい。「一番町四丁目第一地区の再開発ビル」が、開店から21年目にして迎える大きな転換期。入居テナントが全て三越になったとしても、建物としての141はそのまま残って欲しいと思う。
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1年半ぶりの更新です。
昨日、元嫁との思い出の場所へ行ってきました。岩手・宮城内陸地震から1週間。ニュースでは流れないから、きっと大丈夫なんだろうけれど、気になって仕方ないので、自分の目で確かめ、大切な人へ会うために、行くことにしました。
場所は、宮城県鳴子町(現・大崎市)の、リゾートパーク・オニコウベ、その中にあるペンションの1つです。ここは、元嫁と初めて旅行をした15年前の夏、一緒に泊まった宿であると同時に、プロポーズの返事をもらうことができた、思い出の場所です。そして、その4年後の冬には、(ほぼ間違いないと思うけれど、)長男を授かった大切な夜を過ごしました。お互いの両親を連れて行ったこともあるので、毎年のように、5〜6回は泊まりに行っていました。でも、子どもができてからは、遠方すぎてなかなか行けず、記憶が正しければ、次男が1歳になった2002年の夏に泊まったのが最後だったと思います。テレキャビンの山頂駅の横で催されていた、カブトムシのイベントを家族で見に行きました。
あれから6年。地震で建物は壊れなかっただろうか、オーナー夫妻は元気だろうか、そんな思いを胸に、近所のケーキ屋さんで手土産のお菓子を買って、宮城県を目指しました。ところが....
思い出のペンションは、雑草が生い茂り、扉が閉まっていました。そして、屋根の色が焦げ茶色から青緑色に変わっていました。そういえば、最後に泊まったとき、オーナーの体調が思わしくないので、ハイシーズンしかお客さんを泊めないようにした、と言っていたから、今は別のところに住んでいるのかな....? そんなふうに考える間もなく、通りがかりのオバサンから声を掛けられました。
「ここに用事があるの?」
「はい。何度も泊まりにきていたんですけど、暫く来られなくて....」
「ここは、もう何年も前からやってないわよ。建物は売りに出てる。」
「えっ? そうなんですか。」
「もう4〜5年前になるかしら。2年ほど前に屋根を塗り替えたから、またやるのかと思ったんだけど、それっきり。不動産屋がたまに見に来るくらい。オーナーもお子さん達も、誰も来ていないわ。」
家を出るとき、もしかしたら....と思って、覚悟はしてきたつもりだったけれど、現実を見ると、やっぱり辛かった。目の前には、思い出の部屋が見える。でも、中には入れない。当然、手土産も渡せない。
「流行り廃りがあるからね....」
と言ったこのオバサン、実は、すぐ隣のペンションのオーナーだった。どうりで事情に詳しい訳だ。
このブログで、固有名詞を出すのはどうかと思ったけれど....
この思い出のペンション、「ポーラーベア」のオーナーの熊谷さん夫妻は、今どこに居るのだろう?
隣のペンションのオーナーというオバサンに聞いても、埼玉あたりに住む息子さんのところへ行ったのでは? という程度しか知らないという。僕も、息子さんは1度だけ、手伝いに来ている姿を見かけたような気がするが、記憶がほとんど無い。
娘さん2人とは、お泊まりした時に何度かお話したことがあり、特に妹さんは、初めて泊まった時はまだ20歳前後で(高校生だったかな?)、初々しい姿で手伝っていたのを良く覚えている。その後、古川市の消防に勤める方と結婚されて、僕が最後に泊まった時は、オーナーが電話をしたのか、わざわざペンションに来てくれて、元嫁と3人で、夜中まで子育ての話で盛り上がり、とても楽しかった。お互いに、そういう歳になりましたねぇ、と。名前は確か、恵美子さんだったと思うけど、自信が無い。
飼い犬のリュウは、初めて泊まった時には既に成犬だった。吠えることなく、いつもおとなしそうに、ラウンジでくつろいでいた。最後に泊まった時には、確か15歳になっていた。黒毛の一部が白くなり、足腰も弱ってきているようで、見るからに老犬だった。リュウに会えるのは、これが最後かも....と、涙をこらえながらペンションを後にした6年前。まさか、オーナーにも会えなくなるとは....
どなたか、連絡先を知っていたら、教えてください。オーナーでも、奥さんでも、古川に住む娘さんでも良いです。披露宴の仲人をお願いしようかと思ったほど、僕にとっては大切な人です。
いま、ネットでちょっと検索してみたら.... オーナーの熊谷さんは、横須賀学院のご卒業みたいです。同窓会の活動報告の中に、こんなものがありました。確かに、この人です。
http://www.yokosukagakuin.ac.jp/dousoukai/yg-dousoukai7.html
このペンションは、この先どうなるのだろう? もし、僕が離婚していなかったら、元嫁と二人で後を継ぎたい、と言っていたと思う。二人の思い出の場所だから。でも、今の僕に、それはできない。どうか、良い買い手が見つかりますように。
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誰か知っている人がいたら、教えてください。
私の好きなイタリア料理屋で、和歌山に「マーレモンテ」というお店がありました。
http://wiwi.co.jp:80/cs/00001/free/life/gourmet/maremonte.jsp
しかし、今年の夏頃にマリーナシティへ行ったところ、既に閉鎖した後でした。どこかへ移転したのか、それとも廃業してしまったのか、インターネットで情報収集を試みていますが、未だに分かりません。どんなことでも良いので、情報を持っている方がおりましたら、ぜひ教えてください。
このお店、上記URLのページでも紹介されているように、マリーナシティの前は由良町の国道42号線沿いにありました。私はその頃に数回行ったことがあり、「峠の茶屋」ならぬ「峠のイタ飯屋」として大のお気に入りでした。それがある時、店の前を通ると、いつもならば駐車場が満車になっているはずの時間帯なのに、1台も止まっていません。もしかして潰れてしまったのか?と思い、車を止めて店の玄関先へ行くと、マリーナシティへ移転したとの張り紙が。ほっとした反面、もうここでは食べられないのか、という寂しさを感じた覚えがあります。マリーナシティ移転後は、「夕陽が見えるヨットハーバー」というロケーションで、なんだか敷居がたかくなってしまったような気がして、結局一度も行けませんでした。それだけに、1度は行っておきたかったのですが....
またあの味が食べたいなぁ、とふと思い、ブログに書いてみました。かなり地域限定なのが痛いところですが、情報を持っている人が現れることを祈るばかりです。
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昨日、三洋電機が大規模なリストラを発表しました。私は密かに三洋電機ファンなので、胸が痛む思いでした。
熱狂的なファンと言う訳ではないし、まして三洋社員でもないので、三洋製の家電は数えるほどしか持っていませんが、どれも思い入れがあることに気付きました。
1つ目は、携帯電話。昨年、auの携帯を新規契約したのですが、そのとき端末に選んだのは、既に店頭在庫も完売間近であったA5507SA。(正しく言うと鳥取三洋製なのですが) 端末価格は0円だったのですが、これが大のお気に入り。NTTのFOMAのごっついデザインが幅をきかせるこのご時世において、スマートな薄型デザインは魅力の1つ。それにもまして魅力的だったのが、日本語変換がATOKであったこと。パソコンの日本語入力は自宅も会社もずっとATOKを使っているので、機種選定の時には譲れないポイントでした。まだ1年ちょっとしか使っていませんが、故障しても修理して使い続けたいほど気に入っています。
2つ目は、ラジカセ。(既に死語ですね....) オーディオに詳しい方ならばご存じの方もいるかと思いますが、ラジカセを一躍有名にしたのは、三洋の「オシャレなテレコ」こと、「U4」。そのラジカセブームの真っ只中であった中学生の時に買った「U4 SF」を、今でも大切に持っています。もう20年以上前の商品ですね。発売当時、メタルテープ対応、広帯域の周波数特性、ハイパワー2ウェイスピーカー、オートラウドネス、ステレオワイド、等々のスペックは、他社と比べてもダントツだった記憶があります。暫く電源を入れていないので、いま動くかどうかは怪しいのですが、もし可能ならば修理して、また使えるようにしたいと思っています。(修理してくれるところをご存じの方がおりましたら教えてください)
3つ目は、インターネットプロバイダのSANNET。(家電ではありませんが....) このブログは、契約12年目に突入した@nifty(当時は NIFTY SERVE)上で書いていますが、私のメインプロバイダはこのSANNET。会社の先輩と当時のお隣さんの2名から推薦されて契約したのですが、こちらも早いもので契約9年目。ダイヤルアップで接続していた当時、市内通話エリアに加えて(市外局番からダイヤルする)隣のエリアのアクセスポイントへ繋いでも、市内通話と同じ料金で接続できたと記憶しています。今となれば、ADSL等での常時接続が当たり前ですが、当時のこのサービスは画期的。更に、全国共通のアクセスポイントへ公衆電話から掛けることも可能だったので、新婚旅行で北海道へ行ったときは、パソコン持参で宿に泊まり、デジカメで撮影した写真をその日のうちに実家の両親へメールしていました。今でも、旅行には大抵パソコンを持って行ってダイヤルアップ接続しています。そんなSANNETも、入会当時は三洋電機の100%子会社だったものが、現在はNTTデータとの折半になり、知名度も相対的に低下してしまったように思います。私のメインプロバイダだけに、三洋のリストラ対象で整理されないことを祈るばかりです。
4つ目は、これまた家電とは少し違いますが、三洋の厨房機器。なぜ厨房機器?と思うでしょうが、これは私が学生時代のアルバイト先にたくさんあったのです。電子レンジ、冷蔵庫、オーブン、電気フライヤー、プルファー....と、ここまで書いてピンときた人は、恐らく同じアルバイトを経験された方でしょう。三洋電機の業務用調理機器は、かなり有名らしいです。現在はどうなのか分かりませんが、当時この某ファーストフードチェーンが指定していた厨房機器は松下製と三洋製で、フランチャイズの判断でどちらかを導入していたようです。私が勤めていたお店は三洋製でした。大学の勉強はそっちのけで、日々アルバイトに精を出していたことを思い出します。これらの厨房機器も、リストラ対象で整理されないことを祈るばかりです。
バブル崩壊後、本社の意向1つで業界から撤退せざるを得なかった事例を数多く見てきました。三洋電機も同じ道を辿るのか?と思うと、自然と応援したくなります。ダントツのトップメーカーではないけれど、何か光るモノを持っているのが、三洋の強みだと思います。頑張れ、三洋電機!
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30代後半にして未だに学生時代の貧乏根性が抜けず、格安で
移動ができる高速バスをよく利用するのですが、その頻度がこの
1〜2年でかなり高くなりました。
事の発端は、昨年夏に中古車を購入する時のこと。ネットで網を
張っていた希望条件の物件が3ヶ月待ってようやく出てきたので、
在庫のある横浜市の販売店まで現車を見に行く時です。もし
気に入らなかった時のダメージを抑えるため、行きはJRの
「東海道昼特急」で東名江田まで、帰りは横浜駅から近鉄バス・
相鉄の共同運行「ブルーライト号」を使うことに。往復1万4千円、
乗車時間16時間の強行スケジュールでしたが、最終的にこの
車は購入に至ったので、良い思い出となりました。
最近では、9月と11月に高速バスの乗り継ぎをしました。この時
重宝したのが、JRの夜行バス「ドリーム号」。ドル箱路線の東京〜
大阪間に何便も出ていて、時間帯と価格(バスの装備)を選ぶ
ことができるのが最大の魅力です。今回利用したのは、9月が
「ドリームなんば・堺号」(南海バス「サザンクロス」との共同運行)、
11月が「プレミアムドリーム号」(帰路は時間の都合上、同一
車両を使う「プレミアム昼特急」)。乗り継ぎ便は、9月が郡山行き、
11月はいわき行きの昼行バス。どちらも、大阪からの直行便が
あるのですが、大阪発が20時台なので、仕事が終わってから
乗るには定時退社が必要です。今回は残業が予想されたので、
大阪をできるだけ遅い時間に出発するバスを選びました。前者が
なんば23:20、後者が大阪駅23:40発でした。
驚いたのは、東京〜大阪間のすべてが、2階席最前列だったこと。
9月は単純にラッキーと喜んだのですが、11月も同じように最前列
だったので、これは何かあると思いました。それに気付いたのは、
11月分の発券時。「みどりの窓口」で発券を依頼したのですが、
端末画面を見た時に謎が解けました。どうやら、「みどりの窓口」で
発券できるのは、2階席の前3列9席のみ。残りは、バスのりばの
発券所とインターネット発券に充当されているようです。
つまり、JR高速バスの2階席最前列を予約するには、予約が開始
されたら早めに「みどりの窓口」で発券すればゲットできるようです。
但し、JRへ確認した訳ではないので、私の推測が正しいかどうかは
分かりません。でも、違う路線で2回続けてゲットできているので、
ほぼ間違いないと思います。もし、真相をご存じの方がおりましたら、
教えてください。
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数ヶ月前から巷でちょっとしたブームになっている「たまごかけごはん」。
先日、某番組で放送された兵庫県のとあるお店に、思い立って行って
きました。(片道150kmをふらりと出かける私も何ですが....)
たまごかけごはんと言えば、私は物思い着いた頃から毎日食べていて、
生卵の無い朝は考えられません。生卵だけの時もあれば、納豆ご飯に
することもありますが、1年のうち生卵を食べない日は3日あるか無いか。
そんな私ですから、にわか「たまごかけごはん党」の人達に負ける訳には
いきません。
現地へ行ってみると、そこは夏頃に同じルートを通った時は既に建物が
あった場所でしたが、TVで放送された通りの長蛇の列。10台ちょっと
止められる駐車場は既に埋まり、順番待ちの車が路肩に数台。田舎道が
大変なことになっていました。(と言いつつ実は国道沿いなのですが)
時折あられが降る悪天候の中、店の外で1時間半待ってようやく店内へ。
15席程度のこじんまりとした店内は、黙々とたまごかけごはんを食べる
お客さんで一杯でした。
メニューは、たまごかけごはん定食のみ。ご飯は並と大盛が選べたので、
迷わず大盛。400円(安い!) 生卵はざるに盛ってあり、好きなだけ
取って食べることができます。また、醤油も何種類か置いてあり、好みで
選ぶことができます。私は「関東風」という、謎の醤油をかけました。
(恐らく「関西風」よりも塩分が多めなのだと思う)
率直な感想ですが....過剰な期待をしていたせいか、いまひとつでした。
逆に、私が普段から食べている我が家のたまごかけごはんが、かなりの
ハイレベルであることを再認識することとなりました。というのも、
お米は福島のコシヒカリ(帰省時に玄米で持ち帰り)、たまごは和歌山県
打田町(現・紀の川市)のJA直売所「めっけもん広場」までほぼ隔週で
買いに行っている赤玉、醤油はクルマ仲間である(所属クラブの大先輩
ですが)奈良県御所市の「片上醤油」、そして味噌汁はこれまたクルマ
仲間から紹介して頂いた秋田県角館町(現・仙北市)の「安藤醸造元」の
味噌。今回お店と比べて負けている点といえば唯一、炊飯器の違いくらい
ではないかと思います。(お店はガス釜、自宅は非IHの古い電気釜)
つまり、自宅をガス炊飯器にすれば、自宅でお店をできるくらい美味しい
たまごかけごはんを、私は毎日食べていたということです。
結局、このお店のたまごかけごはんは大したこと無かったのか? 実は
お店の隣の産地直売所で、お店で出しているのと同じ生卵を買って
あったので、今日自宅で食べ比べてみました。すると、買ってきた卵は
確かに美味しく、普段食べている卵よりも更に1ランク上でした。
これは美味い! お店で食べる時間が無いときは、隣の直売所で卵だけ
買って帰り、自宅で自分のごはんにかけて食べることをオススメします。
お店で買ってきた卵(左側)の方が、普段食べている卵(右側)よりも
黄身が球形に近く、白身も澄んでいてキュッと締まっています。とはいえ、
どちらの卵も購入から1週間経過していることを考えれば、スーパーで
売られている普通の卵よりははるかに新鮮です。
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公私共々多忙で、1ヶ月以上も間が空いてしまいました。
そんな中、先日またまた深夜2時までTVドラマを見てしまいました。
北海道テレビが制作した、「大麦畑でつかまえて」。予告編が流れて、
放送日時を見たらその日の深夜だったので、土曜日だったこともあり、
見ることにしました。
1時間のスペシャルドラマということで、完成度はいまひとつかな?
という感じもありましたが、内容は家族というものを考えさせられる
ものでした。そして、結婚前の自分と重なるシーンがありました。
美和子が浩一に対して言った、「俺について来い、とか言ってよ!」
プロポーズをしてOKの返事をもらったものの、自信を失いかけて
迷っていた当時を思い出すと同時に、最近の自分も目標を見失い
かけていたので、ハッとさせられました。
このドラマ、舞台は上富良野町でした。また北海道に行きたいなぁ。
目標は2年後の7月。次も、7泊8日のフェリーの旅にする予定です。
今度は何処に行こうかな。
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